「Governmental Intervention(政府介入)」という種類のクレジットイベントが認定されなかったことを受けて、5月18日に、今度は「Bankruptcy(バンクラプシー)」という種類のクレジットイベントに該当するのではないかとの照会がなされた。おそらく、CDDCに審議要請を行なった取引当事者は、「まず“政府介入”で試してみて、だめなら“バンクラプシー”に切り替えよう」という方針だったのであろう。これを受けて、CDDCでは19日に初回の会合を開催し、22日にも協議を継続するとのことである。
欧州の金融銘柄(Credit Suisse Group AGを含む)を参照する標準的なCDS取引においては、(1)「バンクラプシー」、(2)「Failure to Pay(支払不履行)」、(3)「Restructuring(リストラクチャリング)」、(4)「政府介入」という4つの種類のクレジットイベントが適用される。このうち、(2)~(4)は「Reference Entity(参照組織)」の「Obligation(イベント対象債務)」ついてに発生した事由に関するものであり、今回、AT1債がイベント対象債務ではないと判断されたため、事実上、いずれにも該当しないことになった。その一方で、(1)は参照組織(=この場合はCredit Suisse Group AG)そのものについて発生した事由に関するものであり、AT1債の支払優先順位に関する判断とは直接的には関係しない。また、シニアCDSと劣後CDSの両方に関連するため、取引残高は大きい。
具体的には、2014年版クレジットデリバティブ定義集セクション4.2(b)または4.2(h)への該当の有無が問われている。4.2(b)は「債務超過、支払い不能、または法的手続などの中で一般的な債務支払いができないことを書面で認めた場合」という規定であり、4.2(h)は「(a)~(f)に実質的に当てはまるような事象が発生した場合」という規定である。かなり幅広い事象が含まれうるため、法律家の立場では慎重な検証作業が必要になるのであろうが、定義集の文言を見る限り、ハードルはかなり高いように思われる。過去に、今回のような救済合併のケースで4.2(b)に該当した事例も思い当たらない。
今回、審議要請を行なったのは、プロテクションを買い持ちしているヘッジファンドであると報じられている。仮にクレジットイベントが認定されなくても、市場が過剰反応してスプレッドが拡大すれば、保有ポジションの評価は改善することになる。このため、ヘッジファンドが自らの利益のために騒ぎを起こしているのではないか、といった趣旨の報道も散見されるが、手続きに従ってCDDCに審議要請を行なうこと自体は正当な行為である。CDS市場では、スプレッドの変動は限定的なようであるが、果たしてどのような結論になるであろうか。
==追記==
その後、5月22日に開催されたCDDCにおいて、バンクラプシーにも該当しないとの判断が全会一致で下され、本件はひとまず決着することになった。
スポンサーサイト
2023.05.21
| Comments(0) | Trackback(0) | 未分類
その後、5月16日、17日とCDDCが開催された。ポイントは、Credit Suisse Group AGを参照する標準的なCDSにおいて、「元本減額となったAT1債(「当該AT1債」)」が「Obligation(イベント対象債務)」に該当するかどうかであり、該当すると見なされれば「Governmental Intervention(政府介入)」のクレジットイベントが認定される可能性が浮上する。
イベント対象債務に該当するためには、「Borrowed Money(借入債務)」であり、かつ、「Reference Obligation(参照債務)」と支払優先順位が同等以上であることなどが条件となる。CDDCは当該AT1債の発行目論見書を検討した上で、参照債務である「2020年償還の劣後債(「2020年償還債」)」の保有者が当該AT1債の「Priority Creditors(優先債権者)」であり、当該AT1債は「Excluded Obligations(除外債務)」を構成することから、イベント対象債務には該当しないとの判断を下した。つまり、政府介入のクレジットイベントには該当しないとの判断である。
興味深い点として、CDDCの発表には、「当該AT1債が借入債務を構成するかについて、CDDCは判断していない」という注釈と、「CDDCメンバーのCredit Suisseは今回の会合に参加しなかった」という注釈が付記されていた。前者の注釈からは、AT1債がそもそも借入債務を構成しない可能性があることも示唆され、クレジットイベント認定のハードルがさらに高くなる。後者の注釈については、当事者が参加しないのは妥当なところであろうが、その結果、今回のCDDCは、本来の定数である15社ではなく、11社で行なわれたとのことである(今回のケースの前に既に3社が離脱)。IFRでも指摘されていたが、CDS市場に積極的に関わる当事者の数が減少している以上、ディーラー10社とバイサイド5社の合計15社で判断を行なうという現行の枠組みは、見直すべきなのかもしれない。
2023.05.21
| Comments(0) | Trackback(0) | 未分類
この件について、昨日のFT Alphavilleに興味深い記事が掲載されていた。
Credit Suisse Group AGを参照する標準的なCDSに適用される「Reference Obligation(参照債務)」は、「SRO(標準参照債務)」リストにおいて、2000年に発行され2020年に償還された債券(以下「当該債券」)と指定されている(今回の件とは無関係だが、この債券の資金使途はCSによる米国の投資銀行DLJの買収関連資金の調達であったとのこと)。
参照債務である当該債券の支払優先順位がAT1債よりも高いのであれば、CDS取引では、AT1債の元本減額によって(Bankruptcy以外の)クレジットイベントが認定される可能性はなくなる。実際のところ、(既に償還済みの)当該債券は一般的にはTier2債として認識されていたため、クレジットイベントはトリガーされないとの見方が支配的であった。
ところが、当該債券の発行目論見書には、”guaranteed on a subordinated basis by Credit Suisse Group”と表記されているものの、Tier2債であるとの記載はないとのことである。したがって、これがAT1債よりシニアであるかどうかは明確ではないとも言える(発行当時は世の中にAT1債が存在していなかったため不自然なことではないが)。
このため、AT1債は「Obligation(イベント対象債務)」に該当する余地があり、「Governmental Intervention(政府介入)」と言う種類のクレジットイベントがトリガーされるのではないか、というのが審議要請者の主張であると、FT Alphavilleは推測している。
この記事にも書かれていたように、「AT1債は一般通念では株よりシニアだが、株が全損していないにもかかわらず、発行目論見書の規定に基づいて元本が全額減額された」という、今回の市場の混乱につながったロジックと、「当該債券は一般通念ではAT1債よりシニアだが、発行目論見書にはそのように明記されていないため、クレジットイベント認定の余地がある」というロジックは、皮肉なことによく似ている。
本日、CDDCの初回の会合が開催されるが、議論にかなりの時間がかかりそうな雲行きである。
2023.05.16
| Comments(0) | Trackback(0) | 未分類
5月11日に「クレディスイスを参照する劣後CDSに関して、『Governmental Intervention(政府介入)』という種類のクレジットイベントが発生したのではないか」という匿名の照会(General Interest Question)がクレジットデリバティブ決定委員会(CDDC)のwebsite上に掲示され、翌12日には、これを16日にCDDCにおいて正式に審議することが発表された。その数日前に、一部のヘッジファンドが法律事務所の協力のもと審議要請の準備を進めていると報じられていたため、そのヘッジファンドからの要請と考えるのが自然であろう。クレディスイスの発行するAT1債の元本全額毀損が決定されてから2カ月近くが経過したが、プロテクションを買い持ちしている当事者が、CDSの次のロール日(6月20日)に満期を迎える取引を念頭に、このタイミングで要請を出したのかもしれない。
クレディスイスを参照する標準的なCDSでは「Reference Obligation(参照債務)」としてTier2債が指定されているため、これに劣後すると考えられるAT1債は「Obligation(イベント対象債務)」に含まれず、今回はトリガーされないとの見方が一般的であったと思われるが、今回、匿名の審議要請者は、AT1債が参照債務に劣後するかどうかを検討するよう、CDDCに対して明示的に要請している。この点に関して議論の余地があるかどうかは、現時点では不明だが、市場の反応(スプレッドの変動)がそれほど劇的なものではないことから、冷静な見方が多いように思われる。
皮肉なことに(?)クレディスイス自身もCDDCのメンバーであり、自らを参照する取引の帰趨について、客観的な立場で判断することになる。仮にクレジットイベントが認定された場合でも、さすがにオークションには参加しないであろうが、、。
2023.05.14
| Comments(0) | Trackback(0) | 未分類
3月にクレディスイスがUBSによって救済買収された際に、クレディスイスを参照する劣後CDSの市場でスプレッドが乱高下した。具体的には、当初は「無価値となったAT1債が劣後CDSのプロテクションの対象になる(=つまりクレジットイベントが認定される)」という見方を背景にスプレッドが急拡大し、その後「対象にならない」という見方が広がりスプレッドが大幅に縮小したとのこと(伝聞情報)。常識的には、劣後CDSを取引する時点で「どの債務が対象となるのか」について共通認識があってしかるべきだが、どうもそうではなかったらしい。経緯を探るため、手元にある2014年版クレジットデリバティブ用語定義集、CoCo Supplement、ISDA Q&A、関係者間のやり取りなどを参考に、興味本位で少し歴史を紐解いてみることにした。
クレジットデリバティブ市場の創成期から、銀行銘柄については「シニアCDS」と「劣後CDS」の2本立てでクオートされることが一般的であり、ここで「劣後CDS」とは基本的に「期限付劣後債(LT2)」のクレジットを参照する取引を意味する。少なくとも個人的には、「永久劣後債(UT2)」や「Tier1債」を対象とする取引は、相対ベースでごくわずかしか見たことがない。
スイスの大手銀行(UBSとクレディスイス)に関しては、世界金融危機後に導入された「Swiss Finish」と呼ばれる厳格な国内資本規制の下で、所要自己資本比率19%をコモン・エクイティと(Tier2資本の要件を満たす)CoCo(偶発転換条項付きの債券)で満たすべきとの指針が当初打ち出された。その結果、いずれは転換条項の付かない従来型のTier2債がバランスシートから消滅することが想定される。2014年版のクレジットデリバティブ用語定義集では、”Outstanding Principal Balance”の定義との関連で、CoCo型(転換条項付き)の債券は原則として引渡可能債務とはならないため、劣後CDSでイベントが発生した際に決済に支障が生じてしまう。
このSupplementの趣旨(の1つ)はCoCo型の債券をクレジットイベント決済に使う余地を残すことであって、プロテクションの対象をTier2のみに限定するとか、AT1を除外するとか、そうした意図はない。「クレジットイベントの認定(トリガー)」および「引渡可能債務の選定(デリバリー)」において、どの支払優先順位(seniority)の債務を対象にするのかは、あくまでもReference Obligation(参照債務)を基準として決めるため、Reference Obligationとして(現在の標準的取引のように)Tier2債が指定されていればAT1債はトリガー・デリバリーとも対象外となるし、AT1債が指定されればAT1債もそれぞれ対象となりうる。
将来はさておき、現在の市場慣行として、スイス大手銀行銘柄を参照する劣後CDSではSRO(標準参照債務)としてTier2債が指定されているため、“AT1債の全損”ではトリガーされることはない。ところが、わざわざCoCo Supplementが適用されているために、「CoCoはプロテクションの対象である」→「CoCoと言えばAT1債(←これが誤解)」→「だから今回はトリガーされるはず」という発想につながったのかもしれない。
2023.04.11
| Comments(0) | Trackback(0) | 未分類
« | HOME |
»