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米民主予備選に思う

20日に行われた米大統領選挙の民主党予備選は、オバマ上院議員がオレゴン州で、クリントン上院議員がケンタッキー州で、それぞれが勝利したと報じられた。その結果、オバマ氏は予備選で得られる民主党の一般代議員総数の過半数を確保し、民主党指名獲得にまた一歩近づいたことになる。一方のクリントン氏は、まだあきらめておらず、モンタナ・サウスダコタ州で行われる最後の予備選まで戦い続け、民主党は11月の大統領選に勝利することができる人物を選ぶべきであると宣言している。

クリントン氏の強さは、まだまだ保守的な考えを持つ人々が大層のアメリカ社会で、女性であるがゆえに同等に扱われず、厳しい戦いを強いられてきたその軌跡にある。アメリカは、女性の政界への進出度は先進国の中でもかなり遅れており、彼女が現在の地位を築くまでの道のりには並大抵でない苦労があったと思う。夫のビル・クリントンが大統領になった当時も、ファースト・レディーは常に「模範的な主婦」であることが求められており、あくまでも内助の功を果たすことがその役割であった。しかし、ヒラリーは自ら述べているように、母であり妻であるとともに「活動家」であった。そんな彼女は、内助の功を超えた政策関与をしているのではないかと、常に批判に晒されていた。

対するオバマ氏も、幼少期から波乱万丈の人生であった。父親はケニアからハワイ大学に留学していたアフリカ系黒人で、大学で知り合った白人女性と結婚した。そして、バラクを授かったもののまもなく二人は離婚することとなり、母親はインドネシア人男性と再婚し、一家はバラクを連れてジャカルタに転居することとなる。その後、バラクは単身でハワイに戻り母方の祖父母に育てられる。そして、アメリカ本土に渡ってコロンビア大学で政治学を専攻。卒業後、人権問題に関心を持った彼は、黒人教会のコミュニティ・オーガナイザーとしてシカゴに行くこととなる。若干46歳という若さであるが、彼のこうした生い立ちからも、オバマ氏が生まれ育った境遇ゆえの苦闘の人生を歩んできたことが想像できる。

クリントン氏とオバマ氏に共通するのは、この世界には普遍的な常識などないことを知っているということだろう。白人男性が多様性に対する許容力がないということではないが、普通であれば、彼らはマイノリティの立場に置かれることはなく、常に優位な立場で限られた尺度の中で物事を考えている。世の中は広いということを頭ではわかっていても、実際に経験しなければ本当の意味で理解できないこともあるだろう。(オバマ氏も、著書「Dreams from my father」の中で、”I think perhaps education doesn't do us much good unless it is mixed with sweat.”と書いている。) 問題山積みで八方塞がりの様相を呈する今のアメリカにとって、今までにない新しい視点に立って解決策を模索することができるリーダーに期待が集まるのは当然かもしれない。もちろん誰が大統領としてふさわしいかは政策あってのことであるが、同じく問題山積みにもかかわらず期待できるリーダー候補すら見つからない日本よりは、アメリカの未来は明るい気がしてくる。

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2008.05.22 | Comments(0) | Trackback(0) | 政治

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