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一人歩きする数字

“62兆ドルの巨大マーケット”――― これはISDAの市場調査による2007年12月時点のCDS取引の残高であるが、最近この“62兆ドル”という数字があちこちで一人歩きするようになった。メディアなどの論調は総じて「こんなにまで肥大化したマーケットが金融市場を揺さぶっている」といったものが多い。一部メディアは昔から念仏のようにデリバティブ批判を繰り返してきたが、最近あちこちで出没しているクレジット・デリバティブ悪玉論者には、この“62兆ドル”という数字は使い勝手がいいようだ。

新聞を読んでいると、いつの間にか、AIGを窮地に追いやったのはクレジット・デリバティブで、当局がAIGを救済したのも“62兆ドル”のクレジット・デリバティブ市場の崩壊が金融システムに波及することを恐れたからということになっている。クレジット・デリバティブは信用リスクを取引する道具であり、道具が悪いというよりはこの道具を使って取得した信用リスクの中身に問題があるような気もするし、AIGの救済には(AIG債に投資する)MMFや保険契約者といった個人を守るという目的が大きかったように思う。

このテーマではちょっとした論文が書けそうだが、ここでは簡単に数字のトリック(?)について触れておこう(単純化のためにリスクの集中という観点は無視します)。

<架空の例-その1:CDSは道具にすぎない>
A銀行もB銀行もCDSによって信用リスクを取引している。その取引元本は2社とも1000億円に達する。メディアはクレジット・デリバティブの取引量の大きさから経営不安を報じるが、ふたを開けるとA銀行の1000億円はすべてトヨタ自動車の信用リスクの取得であり、B銀行の1000億円はすべてGMの信用リスクの取得であった。どちらもCDSの残高は巨額であるが、そのリスク量は天と地ほどの差があった。

<架空の例-その2:CDSはゼロサムの世界>
A銀行もB銀行もCDSによって信用リスクを取引している。その取引元本は2社とも1000億円に達する。メディアはクレジット・デリバティブの取引量の大きさから経営不安を報じるが、ふたを開けるとA銀行の1000億円はすべてGMのプロテクションの売り(信用リスクをとる側)で、B銀行の1000億円はすべてGMのプロテクションの買い(信用リスクをヘッジする側)であり、この結果A銀行は大幅な赤字決算となったが、B銀行は逆に大幅な黒字決算となった。

<架空の例-その3:ネットとグロス>
A銀行もB銀行も信用リスクの取引を積極的に行なっている。A銀行は社債投資が中心で、B銀行はCDSによる取引が多い。A銀行の社債保有残高は1000億円であり、B銀行のCDS取引残高も1000億円であった。メディアはクレジット・デリバティブの取引量の大きいB銀行の経営不安を報じるが、ふたを開けるとA銀行の保有する社債1000億円はすべてGMの社債であり、B銀行は500億円がGMのプロテクション買い、500億円がGMのプロテクション売りで、グロスの元本は1000億円だが、ネットではリスクはゼロであった。

62兆ドルという数字はグロスの数字であり、“近年市場における取引が増加している”ということを示しているが、それ自体にはあまり意味がない。売りと買いが両建てとなってリスクが相殺されているポジションを専門的に解約しているTriOptimaというベンダーは、今年の1月から8月までに約22兆ドルのインデックス取引(iTraxxやCDX)などの解約を行なったとしている。BISが発表する統計でも、グロスの元本と並べて時価評価額(イメージ的にはその時点で解約を行なった場合に発生する損益)を発表しているが、2007年12月の数字では、グロスの元本が約58兆ドルであるのに対して時価評価額は約2兆ドルとなっている。CDS市場について取り上げてもらうのは大歓迎だが、数字の裏側にしっかり目を向けて欲しいものだ。

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2008.09.21 | Comments(8) | Trackback(0) | CDS

コメント

 勉強になります お気に入りに追加し毎日チェックさせてもらいます  これからも投資に有益な情報を発信してください

2008-09-21 日 09:29:40 | URL | リアルハゲ鷹 #- [ 編集]

コメントありがとうございます

毎日サプライズが多く、市場の動きに翻弄されっぱなしです。何とかうまく乗り切れるといいですね。

2008-09-21 日 21:11:26 | URL | dbsb #- [ 編集]

大変、参考になります

毎日、拝見してます。
部外者にはなかなか実務の流れが分かりにくいので、大変参考になります。
リーマン相手のポジションの整理まで考えると、とんでもない事務負担のような気がするのですが、大丈夫なんでしょうか?

2008-09-21 日 21:40:23 | URL | 傍観者 #- [ 編集]

分かりやすいけど難しいです

分かりやすい説明ありがとうございます。
CDS残高と言っても、売りポジションと買いポジションがあるのですね。
アチラコチラで損失計上した話題が新聞雑誌を賑わせていますが、それら損失の反対には大もうけして黙っている人たちがいるということでしょうか。

2008-09-21 日 22:54:44 | URL | yasoo #- [ 編集]

Lehmanのポジション整理

傍観者さん、コメントありがとうございます。Lehmanについては、CDSのクレジットイベント決済はまだ(相対的には)いいのですが、Lehmanが当事者であった店頭デリバティブ(金利や為替、株、CDSなどを含む)の解約が作業的には大変と思います。大きなルールは決まっているので無秩序状態にはないと思いますが、取引残高が大きく、ただでさえ市場が荒れている時に前例のないことを行なっているわけで、関係者の方々はいろいろ苦労されていると思います。

2008-09-21 日 23:12:26 | URL | dbsb #- [ 編集]

ゼロサム

yasooさん、コメントありがとうございます。大もうけして黙っている人もいれば、某ヘッジファンドのようにモノライン保険会社のプロテクションを買って大もうけしたと公言してはばからないところもあります。大手金融機関の決算発表を見ても、「サブプライム資産でXXXドル損失が発生したが、プロテクションを買ってヘッジしているのでトータルの損失は○○ドルにおさまった」といったコメントをよく見かけます。損失の反対側で、少数が大もうけしているのか多数が小もうけ(?)しているのかはケースバイケースと思います。

2008-09-21 日 23:21:44 | URL | dbsb #- [ 編集]

金額が大きすぎて

通常は、売り手が大きなリスクを負うと思います。
その売り手が、破綻した場合、買い手の利益は実現するんでしょうか?
共倒れになるんじゃないでしょうか?
心配です。

2008-09-27 土 10:02:18 | URL | 携帯トレーダー #- [ 編集]

CSA

携帯トレーダーさん、コメントありがとうございます。ディーラー間市場では、CSAと呼ばれる担保契約を結び、定期的に値洗いしてその時々の時価評価の勝ち分について担保を取りますので、売り手が破綻して時価の勝ち分が全額消えてしまうことはありません。リスクは、売り手が破綻してからカバー取引を行なうまでにマーケットが反対方向に動いた部分と、担保を全額取りきれていない部分などですが、ラインの設定を含めてまともにリスク管理している金融機関であれば、1つのカウンターパーティーの破綻で共倒れになることはないと思います(思いたいです)。
代表的な例外はモノライン保険会社で、CSAを結ばずに取引を行なうことが一般的だったことから、モノラインの体力低下によって大手の商業銀行・投資銀行は比較的多額な損失引当てを積むことを余儀なくされています。中位・下位のモノライン相手の分は概ね引当てが終わっているようですが、最大手のモノラインに今後大幅な格下げや破綻などがあれば、再び小さくない損失の計上が必要になるかもしれませんね。それだけで、UBSやCitiなどの大手金融機関を破綻に追い込むような金額にはならないと思いますが。

2008-09-27 土 19:19:50 | URL | dbsb #- [ 編集]

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